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名古屋地方裁判所 昭和36年(行)19号 判決

原告 東海染工株式会社

被告 浜松税務署長 外一名

訴訟代理人 水野祐一 外二名

主文

被告浜松税務署長が原告に対し昭和三五年二月二六日付を以てなした原告の昭和三三年度(自昭和三三年六月一日至同年一一月三〇日)法人税につき、法人所得金額を金二、二九六、一〇〇円、法人税額を金八九五、七一〇円、過少申告加算税額を金四四、七五〇円とする法人税等の決定は之を取消す。

被告名古屋国税局長が原告に対し昭和三六年二月二日付を以てなした原告の右浜松税務署長の処分に対する審査請求を棄却する旨の決定は之を取消す。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

原告会社〔浜松染工〕が原告主張の日に原告会社〔フタバ染色〕を吸収合併し、東海染工が原告主張の日に原告会社〔浜松染工〕を吸収合併し、夫々、被合併会社の権利義務を包括的に承継したこと、原告会社〔フタバ染色〕と東海染工の両者が、訴外紅俊染工株式会社との聞において、原告主張の日に、原告主張の物件について売買契約を締結したこと、原告会社〔フタバ染色〕と訴外紅俊染工株式会社との間において、被告等主張の如き約束手形の授受があり、同手形が呈示されたこと、右売買契約に基き昭和三三年一二月二日売払物件は訴外紅俊染工株式会社に引渡されたこと及び被告等主張の本件課税処分の経緯はいずれも当事者間に争いがない。

ところで原告は、原告会社〔フタバ染色〕と訴外紅俊染工株式会社間の原告主張物件の売買契約(以下単に本件売買契約と略称する)は、原告会社〔浜松染工〕と原告会社〔フタバ染色〕の合併の実行並びに別表(1) の木造瓦葺平家建工場六〇坪及び同二〇〇坪の各物件については、該建物の敷地の地主である訴外鈴木広次の土地賃借権譲渡の承諾を、夫々、停止条件としてなされたものであり、右合併の実行は昭和三三年一二月一日になされたものであるから、本件売買契約の効力は早くとも右合併期日以後に発生するものであつて、その前に効力が発生することはあり得ない旨主張し、被告等はこれを争うので、先ず本件売買契約は右合併の実行を停止条件としたものであるかどうかについて判断する。

成立に争いのない乙第一号証、証人山田純一、同幸村清一、同水谷邦彦の各証言を綜合すれば、昭和三三年三月頃原告会社〔浜松染工〕はその経営が思わしくなく、赤字に悩んでおり、一方原告会社〔浜松染工〕と同業者たる原告会社〔フタバ染色〕の工場敷地はその立地条件が悪く、将来工場敷地を拡張する余地がなかつたことなどの理由から右両社が合併する話がもち上つたこと、右両社が合併するにおいては機械設備等に重複を来し一部不要となることから、原告会社〔フタバ染色〕は訴外紅俊染工株式会社に対し該不要物件について売却方を申入れ、双方において種々折衝の結果、同年九月一六日本件売買契約の成立をみたこと、ところで原告会社〔浜松染工〕の発行に係る株式総数六〇万株中、約二〇万株は同社の親会社である東海染工と同社々長八代健三郎が之を所有し、旦つ両者は原告会社〔フタバ染色〕の株式をも所有していた関係上、原告会社〔浜松染工〕と原告会社〔フタバ染色〕の合併に関し、特別の利害関係を有する者として原告会社〔浜松染工〕の株主総会における合併承認決議につき議決権を行使し得ない上、残株式数中過半数に及ぶ約二一万株は浜松市周辺の約二三〇名の織布業者が之を所有しており、右株主中には原告会社〔浜松染工〕の拡張に脅威を感ずると共に原告会社〔フタバ染色〕の経営状態を慮つて原告会社〔浜松染工〕と原告会社〔フタバ染色〕の合併に難色を示す者もあつて、右合併にはかなりの困難を伴つていたため、原告会社〔浜松染工〕としては、右合併をめぐり地元業者との間に円滑を欠くに至ることは企業の経営に支障を来すことになるとの判断のもとに、合併反対の気運が強ければ合併を差し控えることをも考慮しており、本件合併については必ずしも楽観を許さなかつたこと、それ故原告会社〔フタバ染色〕は、訴外紅俊染工株式会社との間において前記のとおり本件売買契約を締結すると共に、合併承認の株主総会に備えて、同月一六日付を以て不動産売買契約証(乙第一号証)を作成し、旦つ本件売買契約の手附として額面金一〇〇万円の約東手形を受領し、右合併に際しては原告会社〔フタバ染色〕は、原告会社〔浜松染工〕に対し赤字を持ち込まないものであることを証する書類を整えたこと、而して原告会社〔浜松染工〕及び原告会社〔フタバ染色〕は、夫々、合併承認の株主総会を経て同年一二月一日前記のとおり合併を実行するに至ると共に原告会社〔フタバ染色〕は同日附を以て、財産引継書(甲第八号証)を作成し、原告会社〔浜松染工〕に対して財産の引継をなしたことが夫々認め得られ、右認定事実に証人幸村清一、同水谷邦彦の各証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証及び成立に争いのない甲第一〇号証の各記載を併せ考えると、本件売買契約は原告会社〔フタバ染色〕が原告会社〔浜松染工〕との合併の実行を停止条件として締結されたものであることが推認出来る。けだし、前記認定の如き本件合併の経緯並びに本件合併に伴う四囲の状況、就中地元業者の合併に対する態度に鑑みるならば、合併を停止条件とすることなしに本件売買契約を締結するということは、仮に原告会社〔浜松染工〕と原告会社〔フタバ染色〕との合併が実現出来ない場合には原告会社〔フタバ染色〕はその資産を失うのみとなり、極めて不合理な結果となるからである。のみならず前記甲第一〇号証の記載中「第五条乙(原告会社〔フタバ染色〕を指す)は昭和三十三年七月三十一日現在の貸借対照表及び財産目録を基礎として、第七条に定める合併期日に於てその財産及び権利義務一切を甲(原告会社〔浜松染工〕を指す)に引継ぎ、甲は之を承継する」及び「第七条甲乙の合併期日を昭和三十三年十二月一日とする」との各文言からすれば、原告会社〔フタバ染色〕は昭和三三年七月三一日現在の財産を基準として同年一二月一日の合併期日に之を原告会社〔浜松染工〕に引継ぐことが取決められていたこと、従つて原告会社〔フタバ染色〕はその間右財産をほしいままに処分し得ない立場におかれていたものであることが認められ、また前記甲第八号証の別紙財産目録の記載中「機械装置」欄及び「車輌運搬具」欄に、夫々、(紅俊染工(株)へ売予約のもの)なる文書があり、また同号証の作成日附欄には「昭和三十三年十二月一日」なる記載があるところ、右各記載文言からすれば、合併期日たる右昭和三三年一二月一日までは本件売買契約の効力は未だその発生をみず、後日訴外紅俊染工株式会社へ売却さるべきものとして引継がれたものであることが認められ、右各認定を左右する証拠は存しない。

なるほど被告等主張の如く、本件不動産売買契約証(乙第一号証)の記載からすれば、原告主張の如き条件は何等明示されておらず、旦つ之を推認させる文言もないのは明らかであるが、前記認定の本件売買契約の経緯に証人山田純一、同幸村清一、同水谷邦彦の各証言を併わせ考えると、むしろ合併を停止条件とするのは当然のこととして敢えてその旨記載しなかつたことも亦首肯し得るところである。更に被告等は訴外紅俊染工株式会社が昭和三三年九月一六日本件売買契約締結と同時に右売買契約の手附金として原告会社〔フタバ染色〕に対し振出した約束手形の満期は原告主張の条件成就の前日であること明らかな同年一一月三〇日であり、同日取立のため呈示されていることからすれば、既に本件売買契約は右満期にはその効力が発生していた筈である旨主張するけれども、証人山田純一、同水谷邦彦の各証言によれば、右手形の授受がなされたのは結局原告会社〔浜松染工〕の株主対策として、原告会社〔フタバ染色〕が合併の際赤字を持ち込まないものであることを証するためのいわゆる見せ手形として授受したものであり、旦つ右手形の満期を合併期日前である昭和三三年一一月三〇日としたのは、訴外紅俊染工株式会社の経理の都合上、月末を手形の満期としたに過ぎず、被告等主張の如く既に契約の効力が発生しており、売買代金の支払として右手形を振出したものではなく、それ故、右手形が満期に呈示された際、訴外紅俊染工株式会社においては右手形額面金額に見合う資金の手当もしておらず、右期日に原告会社〔フタバ染色〕から本件約束手形の返還を受け、同年一二月四日頃右紅俊染工株式会社振出に係る額面八〇万円の小切手及び二〇万円の現金を以つて現実に原告会社〔フタバ染色〕に対して支払つたものであることが認められ、右認定を覆するに足る証拠は存せず、結局被告等の右主張もその理由がないものといわなければならない。

してみれば、本件売買契約は原告会社〔浜松染工〕と原告会社〔フタバ染色〕との合併の実行な停止条件としたものであるとする原告の主張はその理由があるから、本件売買契約の無条件を前提とし、本件係争年度中に本件売買契約の効力が発生したとしてなした本件課税処分及び審査決定はその余の点について判断するまでもなく、いずれも違法として取消を免れない。

以上の理由により、民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村義雄 竪山真一 泉山禎治)

別表(一)ないし(三)〈省略〉

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